Das Otterhaus 【カワウソ舎】

生きることは、見ること。写真作家・佐藤淳一が動物園水族館と生息地を訪ねます。カワウソがいてもいなくてもひたすら訪ねます。

トナカイと地層処分

[ In Japan's northernmost area, there is a reindeer farm. Last month I visited there. After taking some pictures, I found a research facility next to the farm. This research center aims at developing geological disposal technology for the permanent disposal of nuclear waste. ]

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稚内、というか北海道の宗谷地方へ出かけたのは実に30年ぶりのことである。正確に言うと2回来たことがあって、34年前と30年前だ。

1980年代、青函連絡船を降り立って北海道に上陸してからも、南端の函館から北端の稚内に到達するまでにはかなりの時間を要した。いつも見ている日本地図って、実は北海道だけ部分的に縮尺が違っているのではないか、と訝ったものである。オートバイで到達したときには、その騙された感じはもっと強くなったが、それはどちらかというと楽しみの方が勝っていた。もちろん30年後の今でも、地表を移動するのであればおそらく同じ位の時間を要するはず。今月末、新幹線がいよいよ函館まで伸びることについては驚異的な心持ちがするが、実はその先って、札幌周辺を除いて30年前とあまり変わってないのだと思う。

羽田から稚内空港までは、1時間半とちょっとだった。時刻表上は2時間弱だが、実際には10分以上も早着した。かなりあっけない。沖縄などを除けば、われわれの列島内の移動は、もはや「どこでもドア」に近い現象になっている。

そして、その稚内からJRで30分ほど南下した幌延町に「ほろのべトナカイ観光牧場」というのがあって、以前から気になっていた。今回、ようやく行くことができた、というわけである。


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トナカイ観光牧場へは、冬でも路線バス(沿岸バス ← 本気の萌えCIで、一見の価値あり)が通っていてくれて大変にありがたい。実は幌延は30年前の旅でも訪れている。1971年に廃止になった幌延町営軌道問寒別線の廃線跡をたどる目的だった。当時はそういうことに熱心だったわけだが、今では廃線跡をたどる人も増え、みんなネットに情報を出してくれるようになり、わざわざ自分で出かける必要を感じなくなった。ありがたいようなつまらないような、そういう時代になった。

昔話はこのぐらいにして、トナカイを見よう。


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着いたらちょうど給餌の時間だった。というかバス時刻の関係でオープン時間より前に着いてしまったのだけれど、すでにトナカイは出ていて何の問題もなかった。


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もう少し頭数があるかと思っていたのだが、公開放飼されているのは20頭ほどである。まあ観光目的なので、このぐらいいればことは足りる。


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雪があるこの時期って、うっかり雰囲気抜群と思い込んでしまうのだが、実はトナカイ自体を撮影するにはあまり適していない。


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なぜならこの時期、ツノがあるのはメスだけ(若いオスも?)なのだ。オスは10〜11月の繁殖期が終わると立派なツノが落ちてしまうそうだ。メスは春までツノが残っているが、ご覧の通り枯れ木のような骨ツノである。


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基本的に行儀のよいお食事風景で、感心なことである。


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配合飼料を食べ終わったら乾草へ。


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ツノがないと、写真的には何の動物だかよくわからなくなってしまう。こればっかりはトナカイ側の生物学的な都合なので仕方がない。


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さっきの餌場では、まだ落ちてる餌も丹念に拾って食べているのがいる。えらいぞ。


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いつも感じるのだが、トナカイはあまり目線をくれない。いや、これは正確な表現ではないな。トナカイはあまりカメラなんかに関心を示さない、ような気がする。


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でもこの個体は例外的に目線をくれる。しばらく凝視された。どんな動物でも必ず好奇心旺盛な個体がいるようではある。


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そういえば、トナカイの体毛って一様ではない。


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お腹の毛と背中の毛は、かなりはっきり分かれているように見えるんだけど、どうなっているのか。


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乾草を食べたり敷いたりで、徐々にくつろぎの場ができていく。


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だいぶ雰囲気の違う2頭だ。


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この時の気温はせいぜいマイナス5度ぐらいなもんだと思うけど、ときおり風があるので体感温度はかなり低い。もっともトナカイはマイナス40度まで耐えられるそうなので、このぐらいは快適な温度範囲なのだろう。


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さて、ここ幌延町でトナカイの飼育が始まったのは平成元年のことで、まずフィンランドから10頭を入れたのだそうだ。その後、家畜として500頭規模まで発展している。この場所は観光牧場とある通り、観光目的として生産牧場からは分離されている施設だ。

北海道幌延町:ほろのべトナカイ観光牧場:幌延町のトナカイ


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遠くにカマボコ型のトナカイ舎が見える。観光牧場のまわりには、何もない。たぶん牧草地とかになっていると思うのだけど、雪があるとそれもわからない。


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いや実は、全く何もないわけではなくて、北側にはかなり大規模な構造物が見えるのだ。壁にはトナカイの絵なども描かれてあるが、トナカイソーセージの工場などではない。


建物の正体は、これ。

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トナカイ牧場の隣には、原子力機構の幌延深地層研究センターがある。高レベル放射性廃棄物の「地層処分」技術に関する研究開発を行っている現場である。

誤解のないように先に書いておくと、ここに高レベル廃棄物そのものがあるわけではない。

原発〜再処理施設から出た高レベル廃棄物は、数万年以上にわたって深い地下に埋め、地上の生物相から完全に隔離する必要があるのだが、日本ではまだそのための最終施設は存在しない。場所すら決まっていないのだ。しかし実際にやるとしたらどうするのかは、考えなければならない。深い地下に廃棄物をしまっておくとどういう問題が起きて、それはどうやったら解決できそうか、ということを研究し、技術を開発しなければならない。そのための研究がここで行われている。

実は、幌延あたりにそういう施設ができたということは何となく知っていたつもりだったが、まさかトナカイ牧場のすぐ隣にあるとは思わなかった。これは見学しないわけにはいかない。原発に賛成だろうが反対だろうが、これまで何十年にも及ぶ国内の原発の営業運転により、高レベル放射性廃棄物はすでに相当数、発生しているはずだ。それを最終的にどう扱うのか?という問題は、ちゃんと知っておかなければならない。地球に暮らす人類としては、避けて通れない問題だと思うから。


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研究センターの一角には「ゆめ地創館」という実にそれっぽいネーミングの広報施設があって、飛び込みでも見学できた。写真は広報施設の高いタワーの展望台から見た、研究センターの施設群。


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そして圧巻がこれ。「地層処分実規模試験施設」というところに展示されている。いわば御神体ともいうべき存在。

中央にカットされて中身が見える状態になっているのが、ガラス固化された廃棄物本体だ。ここのはもちろん模型である。本物は即死レベルの強い放射能を長期間にわたって放つ。

実はその本物、すでに1000本以上が存在し、青森県の六ヶ所高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターに貯蔵され、地層処分される日を待っているのだそうだ。ガラス固化体中の放射能は時間とともに減衰するが、無害なレベルまでに達するには、絶望的な話だが、数万年以上の時間が必要。それが分厚いステンレスの容器に封じ込まれている。そのまわりに積まれているのは何と、特殊な粘土のブロックだった。

この分厚い金属容器が酸化するまでの時間が、約1000年と見積もられている。周りの粘土は、地下水の侵入を可能な限り遅らせるためのものだという。これで本当に無害化するまでの数万年間、密閉状態を保てるのかどうかはもちろん保証の限りではない。それを現在の科学技術のレベルでどうにか確信の持てる段階まで高めようとしているのが、ここにおける研究開発なのだ。

数万年、と簡単に書いたが、数万年後に人類が生存している保証はない。運良く生存していたとしても、今のわれわれのことを謎の古代文明のように認識している可能性もある。つまり、情報が継承される保証がない、ということを問題にした方がいい。

だから最終的に300メートル以上の深さの地下に埋設されるそれらは、「貯蔵」とは呼ばれない。「処分」と呼ぶ。深い深い地層の中に、流してしまうのだ。行く末がどうなるかは今の人類が責任が持てない、というニュアンスが漂う、実に重い表現だと思う。



・・・



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ふたたび「ゆめ地創館」のタワーから、トナカイ牧場方面を眺める。ところで、現在の地層処分の先進国はフィンランドなのだそうだ。この不思議なトナカイつながりは、果たして偶然なのか。


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重い現実を知ると、さっきのトナカイたちも、また違って見えてくるというものだ。


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トナカイ牧場に戻り、撮影を続けた。


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朝から時おり地吹雪になるような寒々しい状態だったが、たまに陽が差すようになってきた。


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派手さはないが、見れば見るほど、進化の不思議さを考えてしまう動物である。


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機会があれば、500頭以上いるという食肉用のトナカイ飼育の現場を一度、見てみたい。


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久々にブログを書いたら、何だかとても長くなってしまった。

われわれ地球上の生物が触れることのできない物質を、人間が生み出してしまったことの正否は、直感的に判断したら「否」であろうと思える。遺伝子に短時間のうちに損傷を与え、その活動の継続を不可能にするような存在を許せば、生命体としてのわれわれの存在の持続が脅かされるからである。

微量の毒が薬になる、というような放射性物質の利用もないわけではないが、それは地球の自然界に存在するレベルをそれほど上回らない範囲で、ほんの少し、許されているだけだ。

放射性物質の操作によって、一攫千金的に巨大なエネルギーを取り出すという目的が、何か、大きな摂理に反するところがあるのではないか。それは天文学的存在にのみ許される所業であって、地球の上にかろうじてへばりついているようなわれわれ生物には、手を出すことが許されていないのではないか。そのように思えてならない。

しかし、この大問題とは別に、もっと現実的な問題の領域があることを意識しなければならない。

今回、すでに発生してしまった手に負えない高レベル放射性物質を、何万年も生物環境中に拡散しないような方法を考え、実践を試みるという遠大な仕事の一端を見知ったことは、とても貴重な体験となった。酷寒の地でこの仕事に携わる皆さんに、心から敬意を表したいと思う。


今もニュースでは「廃炉に40年かかる」などと言って騒いでいるが、廃棄物の無害化まで含めれば、数万年以上かかる。そういういうことを、誰かが言い続けなければいけないのだ。




  • Posted by jsato
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Where captive otters live in Japan.

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Junichi SATO

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[佐藤淳一]1963年生まれ。土木構造物と動物という、かけ離れた領域を行き来するあまり類を見ない写真作家。上の写真はベルリン地下鉄の駅の壁に貼ってあった「ハンケンスビュッテルかわうそセンター」のポスターを撮ったもの(2005年)。意図せず自分も写り込んでしまったので、公式セルフポートレートに認定。光学的にカワウソと一体化しています。

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